「やってみなはれの極意【その<21>】」~グローバルに展開される「やってみなはれ」の精神~

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「やってみなはれの極意【その<21>】」~グローバルに展開される「やってみなはれ」の精神~先日、サントリーホールディングスの社長交代人事が発表された。新浪剛史社長(65)が代表権のある会長に就き、後任に創業家出身の鳥井信宏副社長(58)が昇格する人事を固めた。来年3月に開く定時株主総会を経て就任する。社長交代は2014年以来、約10年ぶりで、創業家が再び経営のかじ取りを担うことになる。鳥井氏は創業者の鳥井信治郎氏のひ孫で、3代目社長の鳥井信一郎氏の長男。サントリー食品インターナショナル社長などを歴任し、16年からサントリーHD代表取締役副社長を務めている。サントリーHDは創業者の鳥井信治郎氏から佐治氏まで、4代にわたり創業家出身者がトップを務めた。14年就任の新浪氏は初の外部出身トップだったため、約10年ぶりに社長のバトンが創業家に戻る。信宏氏は「強烈なオーナーシップを持って、グループ4万人の先頭に立ち、果敢に挑み続けていく」との意向だ。鳥井信宏社長は現在、私が所属するサントリー株式会社(サントリーホー.ルディングス傘下の酒類会社)の社長を務めていて、同じ田町オフィスの9回にいるが、昨年の春に私が初めて田町オフィスに赴任し挨拶に行った際に、「神田さんは岩の原ワインの品質を相当向上させましたね。こちらの仕事も頑張って下さい」と励ましの言葉を頂いた。背が高くスリムな体系は変わらないものの、以前よりもより強いオーラを感じたことも記憶に新しい。

鳥井信宏社長(以下信宏さん)との初めての出会いは約27年前、大阪の箕面にあるサントリー研修センターだった。全国から約40人の昇格したばかりの新任課長がその研修所に集まって、1泊2日で講義を聞いたり、グループディスカッションをしたり、夜は必ず遅くまで酒を飲んで懇親を深めるというそんな研修の場だった。初日の全研修メニューを終えた懇親会の場で、たまたま信宏さんが私のとなりの席になったときのことだ。私はその時、信宏さんが創業者の直系のひ孫で、将来会社を背負う人物だとはつゆ知らず、「出身はどこ?」とか「今の部署は?」とか、とりとめのない会話を交わしていたのだか、他の参加者に比べてちよっと若く見えたので不思議に思い、「年はいつくつなの?」と私が訪ねると、「31歳です」とていねいに答えてくれた。私はちよっと驚いて思わず、「えっ31歳、なんでそんなに早くマネージャーになれるんだ?自分は夜も寝ないで必死になって今まで仕事に取り組んできたが、同期のトップの課長昇進組からは少し遅れてようやく37歳で課長に昇進できたのに、どうしたらそんなに早く課長に昇進できるのか教えてほしいくらいだ」と皮肉たっぷりに彼に言い放ったのだ。彼は当惑した様子でしばらく口を閉ざしていたが、その瞬間、後ろから私の袖をしきりに引っ張る1年後輩の参加者が私に小さな声でこうささやいた。「神田さんまずいですよ、この人は創業者の鳥井信治郎の直系のひ孫で、鳥井信一郎社長(当時の社長)の長男ですから・・・・将来はサントリーのトップになる人なので、口のきき方には気を付けた方が良いですよ」、私は驚きを隠せず、すかさず同じく小さな声で、「おいおい全く聞いてないよ~、早く言ってくれよ・・・」とどうしようかと再び彼の方を向いたが、そこにはもう彼の姿はなかった。まさに「やってしまった」のだ。

サントリーは現在、日本国内に留まらず、海外でも幅広く事業を展開し、 アジア・中国での事業展開やアメリカ・オセアニアにおける飲料ビジネスなど、世界各国で事業基盤を強化し、グローバル展開を加速している。 世界85を超える国・地域に製品を展開しており、現在ではサントリー売上利益の約55%を海外事業が占め、営業利益においては約78%にも及びます。いま思えば、サントリーの海外展開はこの日本が失われた30年の間に急速に進んだのではないかと思っている。かつて日本の代表する家電・エレクトロニクス産業が世界でどんどん撤退を余儀なくされる中、サントリーは着々と海外展開の足場を固めていた。私が入社した頃は、海外と言っても、フランス・ボルドーの「シャトーラグランジュ」を買収したばかりで、サントリーウイスキーについても世界ではほとんど知られてはいなかったし、海外での売上比率も数パーセントにすぎなかった。当時は売れ行きが頂点に達していたウイスキーの維持拡大と、シェアを伸ばすのに悪戦苦闘していたビールの市場浸透に躍起になっていたこともあり、海外に目を向ける余裕がなかったのではないかと思っていた。しかし、もっと以前の記憶をたどってみると、私が15歳の頃に放映さていた山口百恵主演のTVドラマ「赤い疑惑」の終わりにいつも流れていたのは「世界の銘酒・サントリー」というテロップだ。当時は番組の展開に心を奪われていて全く気にも留めていなかったが、もし50年以上前からの言葉に「世界(グローバル)を視野に入れる」ということを強くそし意識していたのであれば。それはすごいことだと思っている。

サントリーは2022年に、サントリーホールディングスの傘下にある「ビームサントリー」の本社をシカゴからニューヨークのマンハッタンの中心にある11マディソン・アベニユーへ移転させ、2024年に社名を「サントリーグローバルスピリッツ」に変えた。その際の様子を佐治会長は以下のように述べている。「本当は、サントリーホールディングスの本社がニューヨークにある予定だったんですけどもね。夢のまた夢みたいな話ですが、若い頃そんなことを思い描いていた。そして創業90周年を迎えた1989年、十年後の百周年に向けた夢を聞かれ、”ニューヨーク、マンハッタンの中心に本社ビル竣工”と答えた。だから、ビームサントリーの本社移転は、夢が少しだけ叶ったというところかな、嬉しいことです(「世襲と経営」より)」。佐治会長がサントリーのグローバル化を夢に掲げたのは大学生のこと。そのわかりやすい目標として本社のニューヨーク移転をターゲットにして精力的に仕事に取り組んでいたのだ。それから半世紀以上が経過し、七十六歳になって、夢が現実になった。事業の革新を進め、再度成長軌道に乗せ、資金を確保してビーム社を買収し、ついに海外売上比率が半分を超えた。そのグローバル化の象徴として、ビームサントリーの本社を念願のニューヨークに移転させたのだ。やはりサントリーは昔から「世界の銘酒」となることを強く意識し、その壮大な目標に向かって歩み続けてきたのだ。先日、そのビームサントリーで約10年の海外経験を積んだ私の同期が、グループ内の海外勤務希望者に対して講演をする場があった。その話を聞いて私はなんとなくだが「ビジネスにおけるグローバル」の意味合いが少しだけ理解でたような気がした。彼が言うには、グローバルを理解するためには、まず海外駐在を果たさずとも日本においてグーローバル的視点を持つことは可能で、そのためにはそれぞれの国のグローバルスタンダードの眼鏡(視点)にかけ変えることの必要性を説いている。つまり語学をマスターするだけではなく、その国の歴史・文化・宗教等を理解し、その観点で物事を見つめ判断する必要があるということ。そして何より大切なのは、仕事ができるだけではなく幅広い教養を身につけ、世界で起きている森羅万象について深い関心を持つことが大切だと説いている。そして日本は極めて特殊な国であり、日本の常識は世界の非常識だと。そして最後にこう締めている。我々はやはり日本人であり、このようなことを理解した上で、サントリーの社員が持つインスピレーション(勘の鋭さ)とパッション(熱い情熱)は世界でも充分に通用する最大の強みとなるので、自信を持って「やってみなはれ」を世界に向けて発信してほしい旨を後輩に贈っていた。私としても、このように日本人として海外で苦労した経験を先輩から後輩へと引き継ぐことによって、サントリーの持つ威力を世界にどんどん広げていって欲しいと切に願っている。

サントリーはまた、「やってみなはれ」という創業者の精神を基盤に、日本企業としての独自性を活かしながら、グローバル市場での存在感を高める戦略を展開している。この精神は、日本特有の繊細な味覚や自然との共生を重んじる価値観を背景に、挑戦を恐れず新しい価値を創造し続ける姿勢を象徴している。国内で培った伝統的な技術や美意識を、ウイスキーやビールといった製品を通じて世界に発信するとともに、海外市場においては、現地の文化や消費者ニーズを尊重しながらも、日本的な経営哲学や品質へのこだわりを融合させてる。たとえば、米国のビーム社の買収をはじめとする国際的な統合では、日本流のリーダーシップを押し付けるのではなく、現地の価値観と調和を図る姿勢が見られる。さらに、グローバル市場での付加価値を高めるため、日本の職人精神に根ざした製品開発や「和」の要素を取り入れたブランドストーリーを構築し、多様な文化的背景を持つ人材を育成することで、企業全体で挑戦を恐れない風土を醸成している。このように、日本的な価値観を強みに変え、世界中の消費者やパートナーと共に新しい挑戦を続けることで、サントリーは単なる多国籍企業ではなく、「日本のグローバル企業」としてのアイデンティティを確立し、世界での地位を確かなものとしているのです。

前段で出た「シャトーラグランジュ」の買収の成功が、サントリー流の海外関連会社の絶妙な経営を物語っている。シャトー・ラグランジュは、フランス・ボルドー地方のサンジュリアンに位置する歴史あるワイナリーで、1855年のボルドー格付けにおいて第3級に認定されるなど、かつては高い名声を誇っていました。しかし、20世紀に入ると経営の悪化や設備の老朽化、畑の管理不足が原因でワインの品質が低下し、その名声は徐々に失われていまったのです。この状況を一変させたのが、1983年に日本のサントリーによる買収でした。当時のサントリーは、国際的なワインビジネスへの進出を目指しており、シャトー・ラグランジュの復活を自社の重要なプロジェクトと位置づけていました。買収後、サントリーは大規模な投資を行い、ワイナリーと畑の再生に取り組みました。まず、ワイナリー施設の全面改装と最新の醸造設備の導入を進めるとともに、排水設備を整備して土壌の改良に注力、劣化していたぶどう畑を修復し、健全なぶどうを育てるための管理体制を整えたのです。 フランス人の醸造家や技術者と連携し、伝統的な技術を尊重しながら最新の醸造技術を融合させることで、ワインの品質向上を実現したのです。さらに、ブランド戦略にも力を入れ、国際市場における評価を高めるとともに、日本国内での販売を強化しました。これらの取り組みの結果、シャトー・ラグランジュのワインは再び高い評価を得るようになり、特に1980年代後半以降のヴィンテージは世界中のワイン愛好家や専門家から注目を集めるようになりました。今日では、シャトー・ラグランジュは安定した品質を持つ格付けワインとして知られ、その成功は、伝統と革新の融合がもたらした成果とされています。この一連の復活劇は、サントリーがフランスのワイン文化に対する深い敬意を持ちながら、長期的な視野でプロジェクトに取り組んだ結果と言えるまではないかと思います。シャトー・ラグランジュの再生は、ワイン造りにおける国際協力の成功例であり、サントリーが世界のワイン市場で確固たる地位を築く重要な礎となったのです。そしてその世界トップレベルの醸造技術を人材交流を通じて高め合いながら、サントリー登美の丘ワイナリーにおいての優れた品質のワインづくりに活かしているのです。

私が海外の提携先を視察していつも感じることは、サントリーでは現地法人で働く社員を本当に大切にし、彼らとのコミュニケーションを欠かさないことです。かつて私が一緒に仕事をしたサントリー食品インターナショナルの元社長に、「全世界の提携先を訪問して、具体的にどんな仕事をしているのですか?」と真剣に尋ねたことがあったが、その時の彼の答えは、「大したことはしとらへん。かるくミーティングをやってから、彼らと酒席を持って「YATTE MINAHARE(やってみなはれ)!」、「YATTE MINAHARE(やってみなはれ)!」、「YATTE MINAHARE(やってみなはれ)!」と叫びながらグラスを合わせいるだけや。つまり外国人に難しいことをゆうても、そう簡単には真意は伝わらへん。細かいことを指示・理解してもらう前に、我々の目指す企業理念(やってみなはれ)だけを念仏のように唱え続け、脳裏に焼き付けてもらう、ただそれだけや!」と。この話は一見、サントリーらしく大雑把な印象を受けますが、基本スタンスとしては、歴史や文化は違えど、「人間としてはみな同じ」という思想がその根底には流れている気がしています。全世界に集う4万人の社員が、それぞれの国からサントリーの唯一の太陽神である「やってみなはれ星」を見続けながら、グループとしての一体感を感じるように取り組んでいるのです。そしてその太陽が光り輝き続ける限り、サントリーはグローバルに世界を席捲し続けていくに違いありません。

 

神田 和明

神田 和明

結果の出る強い組織づくりコンサルタント

株式会社チームフォース代表
中小企業の経営者に、コンサルティングとコーチングのハイブリッド型ソリューションで「結果の出る強い組織づくり」のサポートを行い、「活力」と「成果」をお届けしています
中小企業診断士/【BCS認定】プロフエッショナルビジネスコーチ/宅地建物取引士

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