「やってみなはれの極意【その⑲】」             ~ 俺もお前も「新宿そだち」 ~

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「やってみなはれの極意【その⑲】」~俺もお前も「新宿そだち」 ~皆さん、今回のタイトルである「新宿そだち」という歌を知っているでしょうか?もし知っているならば、ある程度の年配の方か、あるいは演歌や歌謡曲に精通している方ではないかと思っています。「新宿そだち」は、1971年にリリースされた大木英夫と津山洋子によるデュエット曲です。歌詞は、新宿で出会った男女の恋物語が描かれ、都会の雑踏と孤独を背景にした哀愁ある旋律が特徴的です。愛し合いじゃれ合いながらも、別れが迫る二人の切ない気持ちが歌われており、恋愛の儚さや新宿の雰囲気を見事に表現しています。何を隠そう「新宿そだち」は、私にとって非常に思い出深い曲なのです。ちよっと前振りが長くなってしまいましたが、私はサントリーに新入社員として配属された札幌支店での仕事を終えた27歳の時、初めての異動でサントリーの営業の精鋭が集まる新宿支店へ配属となりました。今まで北海道(小樽・札幌)でしか生活したことのない私にとっては、初めての東京暮らしであり、しかも当時からアジア一の歓楽街と言われた「新宿・歌舞伎町」担当としての業務に就くことになったのは驚きでした。いま振り返れば、この時の新宿支店での厳しい営業の現場を経験できたことが、その後のサントリー営業の最前線でなんとかやってこられた大きな要因であり、私を大きく成長させてくれたのだと思っています。ということで、その当時の営業の経験を思いだすと決まってこの歌が私のメロディが心から流れてくるのです。

新宿支店は主に新宿、池袋を中心とする東京の西部エリアの盛り場にお酒を納入している大手業務用酒販店(酒類業務用卸)を担当する部署で、東部エリアを管轄する銀座支店と2大双璧の重要な部署として位置づけられていました。当時のお酒の主要な消費場所は飲食店のウエイトが高く、そこでいかにサントリー製品のシェアを高められるかが営業としてのミッションでした。つまり、料理屋やパブレストラン、居酒屋などの食主体のお店にはビールを、バー・スナック、パブやクラブなどには、高級ウイスキーやブランデーを売り込むことが当時の営業マンに課されていました。北海道から初めて東京に出できた田舎者の私は、仕事以前に、大都会の生活になじむことができず苦労したことを思い出します。とにかく東京は人が多く、夜の新宿歌舞伎町も当時はバブルの絶頂期で、飲んだ帰りにタクシーを拾おうとしても、なかなか捕まえることは困難な時代でした。会社に通勤するにも、電車で乗り継いで1時間近くかかり、本当に住みにくい場所であったと思っていました。

あれは東京に初めて足を踏み入れた出勤初日のことです。丸の内線で赤坂見附から新宿まで地下鉄に乗ろうとして、改札の入り口でカードを何度も入れてもすぐに受け入れられずに戻ってきてしまうことがありました。仕方なく現金で券売機から切符を買い、新宿の事務所に向かいました。事務所に着いてから「東京の地下鉄では、改札でカードを何度入れても戻ってきてしまうので本当に困りました」と話をしていると、その話を怪訝そうに聞いていた一つ年上の先輩から「神田、そのカードをちよっと見せてみろ」と声をかけられたので、財布からそのカードを取り出して、その先輩に見せたのです。その瞬間「おまえアホか!このカードはテレホンカードやないか?東京で地下鉄に乗るにはメトロカードというのがあってそれを使わなければ乗れるわけがないやないか!」と先輩が通常使っていたメトロカードを私に差し出して見せてくれました。なんと私は日ごろ使用していたテレホンカードを地下鉄の改札に挿入していたのです。赴任した当初は一事が万事、そのようなありさまでした。いま思えば恥ずかしくなるような失態の連続でした。赴任した当初、私に与えられた担当は、新宿区にある比較的小規模の業務用酒販店で、年商が10億円前後の規模で、納入している飲食店が100~200店あったと記憶しています。当時はまだまだバーやスナック業態に勢いがあり、その業態を中心に、当時リニューアルしたばかりの「新サントリーオールド」の案内および、取り扱いの依頼をする活動をメインに仕事をしていました。担当している酒販店から「新サントリーオールド」を取り扱ってくれそうな飲食店のリストを入手し、毎日一件一件自ら直接お店に足を運ぶのが私の日課でした。「お世話になっています〇〇酒販店様の紹介で新サントリーオールドの新発売のご案内で訪問させて頂きましたサントリーの神田と申します」と元気よく挨拶をし、相手の反応を伺いながら、商品の説明をし、購入いただいた際のインセンティブを提示しながら、注文を6本、あわよくば1ケース(12本)単位の注文を頂戴するという、いま考えれば完全に前近代的でダイレクトな営業活動でした。

当初担当していた酒販店の主な納入先のエリアは、メイン盛り場の歌舞伎町ではなく、四谷の荒木町だったこともあり、お店の規模が10坪未満の大衆的なバーやスナックが中心でした。当時の一日の営業訪問活動のノルマは、夕方から飲食せずに7件、飲食をしての訪問が3件という感じでした。つまり一日10件の飲食店を訪問し、月間で200件の訪問が必須でした。これは、サントリーの業務用営業の基本はまず、飲食店のドアをいくつ開けたがが基本活動で、つまり活動の総量から入り、そこから数多くの失敗と成功を経験することで、徐々に訪問の質につなげていくというのがお決まりで、私のような業務用の営業経験が少ない若造は、受注の成果・結果よりも、どれだけ多くの飲食店を訪問したかが厳しく問われている状況でした。私は個人的に「一日に15店」という高いノルマを自身に課し、業務用営業セールスとして早く先輩たちに追いつきたいという思いでいっぱいでした。しかし、そんな私に待っていたのは、訪問先飲食店のサントリーに対する厳しい目だったのです。

あれは四谷・荒木町にあったあるスナックを訪問していた時でした。私がおきまりのように雑居ビルの2階にあったそのお店に「お世話になっているサントリーの神田です〇〇酒店の紹介で新サントリーオールドの新発売のご案内で訪問させていただきました!」と元気よく挨拶しながらそのお店のドアを空けました。すると中年とおぼしきママさんが、「誰も入っていいと言わないのになにズケズケお店に入ってきたのよ!私はサントリーは昔から大っ嫌いなのよ、うちは見ての通りキープボトルは全てニッカ社のスーパーニッカになっているのよ。あなたなんかに用事はないから、さっさと帰ってちょうだい」と冷たくあしらわれた私は、こみ上げる感情をじっと抑え、業は断られてからが、はじまりだ!」と自分に言い聞かせ気持ちを取り直して、「すみません。少しだけでも新オールドの話を聞いてもらえませんか?」と平身低頭にお願いしました。するとママさんは怒り心頭に達したのか、「あんたしつこいわね、サントリーか何だか知らないけれど、これ以上この店に居座るのなら警察を呼ぶわよ!」と怒り出したのです。「これはまずい」と悟った私は、「大変失礼いたしました」と深くお辞儀をし、急いで階段を下りていったその時、上から何かさらっとした粉粒のようなものが降ってきたのです。何かと思って上を除くと、そのママがドンブリの中に塩をこんもりと持って、上からまるで「豆まき」のように私に塩を振りかけていたのです。なんでこんなことをされなければいけないのだろう・・・・と思った私は自分が情けなくなり、涙があふれてきたことをます。この記憶は今でも鮮明に私の心に刻まれています。

そんな繁華街の小規模酒販店を2年ほど回りながら、営業の経験を地道に積み重ねたのち、私は新宿歌舞伎町にある大手業務用酒販店であるS酒店を担当することになりました。S酒店は新宿支店の中でも超大手の酒販店の一つであり、歌舞伎町のど真ん中に店舗と事務所を構えていました。そのS酒店の営業セールスは十数名ほどいて、都内の各エリアごとに位置する飲食店を担当しており、私の仕事は、彼らにサントリーの商品を飲食店に進めてもらうようにお願いする活動でした(いわゆるルートセールス)。S酒店の得意先は、都内に5,000件ほどの飲食店(お酒の納入先)があり、うち3,000店程が地元新宿で営業している飲食店でした。毎日朝から昼にかけて、その酒販店の事務所を訪問し、各セールスからサントリーを取扱って頂いている飲食店からの要望や、新しい商品の注文を頂いた報告等を聞き、それに的確かつスピィーティーに対応していました。午後からは、飲食店を数店舗経営している業務店チェーンの事務所にお邪魔し、新製品の紹介や、新たな酒類提供機材提案などを行っていました。夕方になると、またそのS酒店に伺って、各セールスさんに、私が訪問した飲食店チェーン等の内容について、その担当セールスに逐次活動報告を行っていました。そして夜になると、毎日、そのセールスさんと、担当の飲食店を5~6店ほど同行訪問し、8時以降は居酒屋やバー・スナック・クラブなどを数件飲食訪問を行っていました。家に帰るのはほぼ午前様で、そのような営業活動の繰り返しでした。

そんな営業活動で一番思い出深かったことは、当時バブルに沸いて大繁盛していた大型の韓国クラブへの高級ブランデーの売り込みでした。当時サントリーが扱っていた高級輸入ブランデー「クルボアジェVSOP(以下クルボアジェ)」の拡販に力を注いでしました。バブルの波に乗っていた時代背景もあり、全国の主要盛り場のクラブでは、「ヘネシーVSOP(以下ヘネシーとする)」が大きくシェアを伸ばし、歌舞伎町においても、サントリーの独壇場であったウイスキーのマーケットが、どんどん「ヘネシー」に切り替わり、私が担当するS酒店においても、その販売数量が1万ケースを超えるなど、猛威を奮っている状況でした。S酒販店からの飲食店へのヘネシーの納入実績を教えてもらって、色々と調べているうちにわかったのは、S酒店のヘネシーの全販売実績の約7割が当時大繁盛していた「韓国クラブ」によって占められていたことでした。そしてその7割を占める韓国クラブのうち、著名な大手韓国クラブRが半数を占めていたのです。私はそのクラブR一点にターゲットを絞り、そこにクルボアジェの売り込みをすることを決めました。

当時、有象無象あった飲食店を細かく回るだけでは、らちが開かないと考えていた私の上位集中化作戦でした。まずは、そのクラブRにお客として訪問した私は、サントリーであることを隠して自分に着いたホステスさんに「クルボアジェをボトルキープしたいのだけれど、ありますか?」と訪ねたところ、すみません「マーテルかレミーマルタンならありますが、クルボアジェは扱ってはいません」とつれなく言われました。かつてサントリーは「マーテルVSOP」という、ヘネシーと同格の高級ブランデーを輸入代理店として扱っていのですが、途中で代理店契約が終了し、決して著名とはいえないブランドの「クルボアジェ」の取り扱いを開始していました。単なる売り込みだけでは全く歯が立たないとと感じた私は、そのホステスさんに、「ここのお店で一番偉い人は誰なの?」と質問を投げかけました。すると、そのホステスさんは「この店は、二人のママの共同経営になっていて、二人の意向でお店が経営されている」と答えてくれました。私はすぐさま二人のママを時間差で指名し、それぞれの仕事の役割分担についてそれとなく聞き取りを始めました。そして遂に、そのお店でお酒の仕入れをしているのがUママ、従業員の管理をしているのがJママであることを突き止めました。どうも、そのUママがそのお店での取り扱い商品や、お酒の推奨銘柄の決定権を持っているらしきことを私は知りました。その当時の韓国クラブは、バブルで大金を掴んだお客の贅沢な社交場でした。韓国から選りすぐりの女性を日本に送り込み、その魅力的なホステスさんを目当てにお店に通うお客でごった返していました。そのような韓国クラブであったRのキーマンであるUママは魅力あふれる女性と感じではありませんでしたが、はきはきしていてとても切符が良く、誠実な女性でした。それからというもの、私はクラブRにお客としてサントリーの営業であることをひた隠しにしてお店に通い、Uママを必ず指名しました。そして4回目の訪問で、私に着いた別のホステスさんから、Uママが新宿駅の近くのスポーツクラブの会員になっていて、その施設内にあるプールで週に2回スイミングに通っているという情報を得たのです。これはチャンスと悟った私は、そのスポーツクラブに1ヶ月程の体験入会し、素知らぬふりをして、それから毎日、そのジム内のプールでUママを待ち続けました。ある火曜日の午後一番にいつものようにプールで泳ぎながら彼女を待っていると、水着に身を包んだUママがこちらに歩いてくるではありませんか。向こうの方が私に気づいたらしく、「神田さんもこのスポーツジムに通っていたんですね、知らなかったです、偶然ですね」と親しそうに私に声をかけてくれたのです。私も偶然のふりをして、「まさかここでUママとお会いできるなんで、ほんとうに偶然とはいえ、嬉しいです」と答えました。その日、スイミングを終えた後、意気投合して近くなあるレストランで、二人で食事をするという機会に恵まれたのでした。

私はその食事の話の中でUママに、私がサントリーの営業であること、Uママにサントリーが取り扱っている「クルボアジェ」をクラブRで大々的に売ってもらいたいこと、スポーツジムで会ったのは、偶然ではなく、こっちからUママを待ち伏せしていたこと、を全て正直に話をしました。Uママは以前から数回私に指名されたこともあってか、「私は神田さんがサントリーのセールスであることは知っていました。なのになぜ自分の立場を隠して、他の魅力あるホステスさんを指名せずに、わざわざ自分を指名するのか、不思議に思っていました」と私に話してくれたのです。いよいよ話も盛り上がりタイミングを見はからいながら、遂に私は本丸のお願いにこう切り出しました、「Uママのお店はかなりヘネシーを使って(販売して)いると思いますが、なんとかその半分くらい私の勧めるクルボアジェを使って(販売して)くれませんか?」と。そこでUママは、一瞬怪訝そうな表情になりながらも、再び笑顔を取り戻し私に向かってこう切り出しました。「神田さんは、セールスとして明るく誠実で、信頼できる人です。しかしながら、クルボアジェはお店のお客には全くの知名度がなく、高級クラブでのステイタスを味わいたいお金持ちのお客様に売り込むのは至難の業です」と私に語りかけました。「やっぱり、難しいんだな~ダメなんだな…」と一瞬あきらめムードになりかけていた私に、続けてUママが私にこう言ったのです。

「しかし私は営業として懸命に活動している神田さんの力にはなりたいと思っています。今のヘネシーとクルボアジェの顧客に対するブランドイメージを考慮して、どのようにしたら、我々がうまくヘネシーを飲んでいるお客様に、新たにクルボアジェに切り替えてもらうかというプランを提示してもらえればと思っています。その内容が実行可能なものだと判断した場合は、お店として一致団結してクルボアジェを推したいと考えています」と前向きな答えを引き出すことに成功したのです。しかしながら、どのようにしたらUママの要望に応えられるかについては、まったくノーアイディアでお先真っ暗という状況には違いありませんでした。そこで私はかつての中小企業診断士の仲間で、マーケティングコンサルタントのǸ氏にこの件について相談し、課題解決のキーは「誰がブランデーの銘柄変更の決定権を持っているのか」ということに加え、その人に「わざわざ銘柄変更をおこなう動機付けを与えることが重要である」というヒントをもらうことができました。さらに支店に戻りそのヒントに関して、支店のグループミーティング内で先輩や同僚たちと喧々諤々の議論を行い、ブランデーの銘柄決定権を握っているのはお客さんに指名されている各ホステスさんであること、そしてクルボアジェに切り替えたホステスさんには、金銭的価値のあるインセンティブを与えることが今回の提案に関しては一番重要であるという結論に至ったのです。それを踏まえて、内容を以下の4つにまとめ、すぐさまUママに提案しました。

1.「商品の特徴(セールスをトーク)を明らかにする」⇒クルボアジェはナポレオンⅠ・Ⅲ性がこよなく愛飲していたため「コニ ッヤック・ド・ナポレオン」と呼ばれていること、そして含まれる糖分が競合商品に対してかなり少ないという 2点をセールスポイントとしました。

2.「ホステスに対するインセンティブを与える」⇒ホステスさんがクルボアジェをお客様に1本販売するごとに、クオカードを一枚進呈するというインセンティブを設定、販売したホステスさんに金銭的価値のあるメリットが得られるシステムにしました。

3.「ホステスさん販売コンペの実施」⇒クルボアジェ販売に対する全体のモチベーションを高めるために、2カ月を対象期間としてホステスさん別の販売ンキングに基づき、1~5位まで表彰する。

4.「お店でのトータル総販売目標を設定」⇒達成時にはホステスさん全員参加で達成パーティを開き、その中でホステスさんの表彰式を行う。Uママはこの提案を聞くや否やにっこりと頷いて、その場にいたもう一人のJママと店長を呼んでこの内容をその3人で協議し、この提案に沿ってクルボアジェを拡売することに了承し、その場で私に360本のオーダー(仕入金額で360万円)をくれたのです。それからというもの、このクラブRでは、毎日、10本以上のクルボアジェが販売され、なんと拡売期間である約60日の間に、800本近くの販売を頂きました。結果として、対ヘネシーのシェアを大きく上回り、ヘネシーに対して2倍(ブランデー全体の2/3)の販売を頂きました。約束通り、歌舞伎町にある韓国料亭で、達成記念パーティーが開催され、その中で販売上位のホステスさんに各表彰状が渡されました。上位に入賞したホステスさんのインタビューでは、「最初はなかなかお客様はうんと言ってくれなかったけど、一度クルボアジェニ切り替えてもらったら、あとはそのままずっとクルボアジェで行けました」とか、「クルボアジェが糖分が少ないというセールストークは、血糖値が高い方には刺さりました」とか、「クルボアジエを売って得たインセンティブで買い物ができました」等々、嬉しそうなお話が聞けたことは私にとっては非常に嬉しいことでした。この成功をきっかけに、当時新宿歌舞伎町では、クルボアジェの実績がうなぎ上りに伸長し、その後、他のクラブやラウンジでも着実に浸透していったのです。

その達成記念パーティーの最中で最高の喜びに浸っていた私はふと、新入社員だった際の札幌支店長だったN氏(この数年前に逝去)の言葉を思い出していました。「神田、わかるか、営業というものは、4つの『WORK』が重要なんだ。とにかく得意先に足しげく通い接触頻度を増やす『FOOTWORK』、どうやって与えられた予算を達成するかというストーリーを組み立てる『HEADWORK』、そして人は人の心でしか動かないゆえの、心を動かす『HEARTWORK』だ。そして更にもう一つあるが何だと思うか?」といきなり尋ねられた私は訳が分からず、とっさに「『DESKWORK』ですか?」と答えてしまったが、支店長はくすっと笑って、「まあ、それも必要だとは思うが残念ながら最後の4つ目は『NETWORK』だ。色々なアイディアを色々なことから得る人脈というものが重要なんだ。」と。あらためて、その時の言葉が私の行動を動かしていたことに気が付いた瞬間だった。

サントリーという会社は一見、派手な宣伝や、巧みなマーケティングで洗練されたイメージがあるとは思いますが、内側から見るとやはり本質は営業の底力によって支えられている泥臭い大阪商人気質の会社ではないかと私は今でも思っています。ウイスキーブームで響や山崎・白州等の高級ウイスキーがそう簡単に手が入らなくなっている現在ですが、これらの商品もかつてはなかなか消費者からは支持されない期間が長く続きましたが、そんな時でも営業に携わった諸先輩たちが、人と人との関係性を大切にし、ブランド価値を大切にしながら、その心意気を得意先に伝えてきたのではないかと思っています。机上の理論だけではなく、現場で起きていることに素直に向き合い、どんなに時でも常に「へこたれず、あきらめず、しつこく」という営業としての考え方が脈々と引き継がれているのではないかと感じています。

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神田 和明

神田 和明

結果の出る強い組織づくりコンサルタント

株式会社チームフォース代表
中小企業の経営者に、コンサルティングとコーチングのハイブリッド型ソリューションで「結果の出る強い組織づくり」のサポートを行い、「活力」と「成果」をお届けしています
中小企業診断士/【BCS認定】プロフエッショナルビジネスコーチ/宅地建物取引士

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