「やってみなはれの極意【その⑯】~自分のキヤリアのハンドルは自分自身で握ろう~  

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「やってみなはれの極意【その⑯】~自分のキャリアハンドルは自分自身で握ろう~

私は一昨年の5月に、コーチングとコンサルタントの会社「(株)チームフォース」を副業として立ち上げました。この会社は私のサントリー定年後の自分のビジネスプラットホームとして、50代の頃からずっと構想を練っていました。いくら立派な大企業で評価され出世したとしても、ある一定の年齢を迎えれば役職を後進に譲り、最終的には定年退職という形で会社を去らねばならないのが一般的な今のルールです。定年間近になって慌てふためいたり、いつまでも会社に固執したりして不安な気持ちになってもそれは「あとの祭り」です。私自身もそうならないよう、定年後のあるべき理想の姿を明確に描き、そのシナリオに沿って実行を心がけてきました。その第一のキャリアのゴールがあと一年先に迫っていることを思うと、「意外に人生ってそんなに長くはない」と思ったりもしています。

自身のキャリアを振り返ってみると、当初はサントリーでの営業経験やマーケティング部署での仕事が、将来どんな役に立つのか全く見えていませんでした。当然のことながら将来、自立自営するにあたっては、過去の経験の延長線上で考えることが一般的なのですが、サントリーという会社で全身全霊をこめて仕事に取り組んでいるうちに、「会社=自分のキャリア」という構図がガチガチに固まってしまい、社会全体からみたサントリー、サントリーからみた自分という大局的な視野に立ってものを見ることができなくなっていたのです。

これは別の観点から見れば、「親方日の丸」という言葉の如く、大きく安定した大組織の中に属しているうちに、いつの間にか「会社=人生(プライベート)」という価値観に染まってしまうということを意味します。今でこそ、新卒で入社した社員が「一生この会社で勤め上げよう」と考えている人は少なくなっていますが、私が入社した42年前は、「定年まで同じ会社でに勤め上げたい」と考えていた人がほとんどでした。会社で与えられた仕事をきっちりこなし、高い評価を受け続けることで出世し、サラリーマンとしての最終ゴールの入り口である「役員」になることを目指す者が多かったのは間違いのない事実です。サントリーにおいても、社風が良く人気があり、報酬もそこそこ高かったこともあって、他の大企業に比べ、かつては最後までサントリーに骨を埋めようと考えていた人がほぼ100パーセントに近かったと思っています。実際、10年くらい前までの離職率は1%を切っていたと聞いていますし、直近でも数パーセントと他の企業に比べてもかなり低くなっているのが実情です。今回はそんな私がなぜ、サントリーにいながらコーチングとコンサルタントの会社を立ち上げることになったのかについて詳しくお話しさせて頂くことで、これから将来のキャリアを考え始める40~50代のビジネスパーソンの方に少しでも参考になればと思っています。まず私は以前、このプログでもご紹介させて頂いたように、大学時代は全く勉強せず、仲間と夜中まで酒を酌み交わしたり、日中はマージャンばかりの毎日だったため、卒業を控えた4年生の際に、卒業に必要な単位を多く残し、卒業が危ぶまれる怠惰な学生でした。ということもあって、サントリーに入社した際には、成績優秀で気力にあふれた同期入社の社員らと互角に戦うのはかなり厳しい状況ででした。なんとなく、このままでは会社の中で自分の実力を発揮することができず、常に後ろめたい会社人生を送ることになるという危機感がありました。そんな私が自分の社内での競争力を高める手段として一番初めに思いついたのは、当時「日本のMBA資格」と称されていた「中小企業診断士」の資格を取ることでした。

社内においてそのような公的資格を取得することは、出身大学やそれまでの成績に関係なく、自分ならではのアイデンティティと存在感を発揮できると考えたていました。とはいえ、当時(今でもそうですが)「中小企業診断士」という資格を短期間に取得するのは非常に難易度が高いものでした。この試験は、1次試験と2次試験に分かれており、1次・2次試験ともにその合格率は2割程度でしたので、1次・2次共にストレートで合格する確率は約4%程度しかありませんでした。一次試験は科目数が多くボリュームはあるものの、ある程度の学力と勉強時間を確保することができれば十分に合格できるレベルに達することは可能でしたが、二次試験で出題される記述式の「ケーススタディの設問」に関しては、中小企業庁の方針に則った一定の基準に沿った回答が求められるため、一次試験をなんなくクリアした受験生でも、二次試験に至っては、かなり多くの方々が何度も苦杯を舐め、しまいに資格取得そのものを断念するケースが少なくなかったのです。

私は幸運にも27歳の時に、1次・2次試験ともにストレートで合格することができました。前出した通り、2次試験は厄介な設問が一般的でしたが、たまたま「食品卸売業の診断事例」が出題され、当時の前の部署で地方の酒問屋に訪問し、サントリーのビールやウイスキーの販売促進活動を行っていたこともあり、その現場での実戦的な経験を有していたことが幸いしたのだと思っています。もし、2次試験で私にとって馴染みのない、全く違う業態や業種の例が出題されていたとしたら、間違いなく不合格となっていたのではないかと思っています。長々とこの資格についての話をさせて頂きましたが、この「中小企業診断士」の資格を取得できたことが、以降の自分のキャリア形成のベースとなり、のちのち自分自身のキャリア形成に大きな影響を与えたことは間違いないと思っています。

その資格取得後、当時私が資格取得のために通っていた「日本マンパワー」という教育機関の会社から、「中小企業診断士・2試験対策コース」の講師を依頼され、初めてセミナー講師としてのデビューを飾りました。そこでのセミナー講師の経験を通じてわかったことは、「自分は人に物事を教えるのは苦手な一方、学習のポイントや物事の本質を見極めるのが得意」だということでした。ですから、上手に教えることはできなくても、例えばケーススタディにおける診断事例に関して、経営環境の把握のポイント、経営課題の本質、解決に向けての方向性やそれを実現するための仮説立案などは、他の講師や受講生より卓越した能力を発揮していました。そのような受験対策のセミナー講師としての3年間の経験を通じて、自身の持っているキャリア上の弱み・強みを把握することができたのは、偶然とはいえ、ラッキーだったと思います。当時は将来コンサルタントになるというイメージはなかったものの、サントリーの定年退職後、何か自分の強みを生かして社会や組織、そして人のために何か少しでもお役に立てればいいな・・・という程度の感覚でした。そしてこのラッキーな資格取得や講師としての経験の陰には、サントリーのサポートがあったことも私は忘れてはならないと考えています。それは、受験を決意しその準備に入っていた私に大きく立ちふさがったのは、日本マンパワーが主宰する中小企業診断士の受験講座に通う際にかかる60万円の受講費用でした。当時色々な事情もあって経済的に厳しかった私は、この受講料を支払う余裕がなく受講を半分あきらめかけていたのですが、どうしてもこの資格をとりたかった私は、思い切って営業の社員教育を担当していた営業推進部にダメモトで、会社にその費用の負担をお願いしようと考えたのです。一般的に考えると、当時のその部署の社員教育は個人の教育が目的ではなく、種々の社員の階層・職種別の教育を目的としたものでした。かねてから知り合いだった営業推進部のI課長に、こっそりその負担をお願いしたところ、「それを会社で負担するのはルール外になる」とあっさり断られでしまいました。しかし私は何度も粘り強く「これからのサントリーの営業マンは、お金と気合と根性だけでは、競合他社に負けてしまう。得意先の経営状況をしっかりと把握し、幅広い見地から客観的にその経営課題を解決していくコンサルティングセールスが必ず必要になる」と無理やり理屈を押し通して粘りに粘りました。

遂に私の粘りに負けたI課長は、その上司の部長を説得して、特別にその費用負担を半分だけ(30万円)負担することを許可されたのでした。あとで聞いた話ですが、I課長は「もしあの神田が、この試験に合格したら、あの神田でも合格したのだから、我も我もと自信を持って積極的にこの資格取得を目指す社員が増えるのではないか」と上司をうまく説得したとのことでした。私は複雑な思いに駆られながらも、「まあ半分会社から負担してもらったので良しとしよう」と自分を納得させました。その後、私の資格取得は社内でも話題となり、それが理由かどうかわかりませんが、その後中小企業診断士の資格取得者は社内で大幅に増えたとのことです。ルール外のことであっても、「全社の人材の資質向上つながる」という大局的な判断でルール外の案件に対してGOを出してくれた柔軟なサントリーの人材育成に対する姿勢にも、「やってみなはれ」の精神が深く息づいていると感じた出来事でした。

それから、目まぐるしく30・40代と忙しい年代があっという間に過ぎ去り、気が付けはもう40代半ばを過ぎようとしていた際に、私は比較的若くして福岡支店長に昇進させて頂くことになりました。私は福岡に転勤になる以前から税理士試験を受けるため、資格の学校TAC水道橋校に通っていて、移動後、引き続き天神にあったTAC福岡校に通っていました。しかし税理士の試験はそう生易しいものではありませんでした。私はまず初めに「簿記論」の講座を受講していたのですが、支店長としての仕事が忙しく勉強時間がなかなか取れなかったったことに加えて、計算そのものが大の苦手だった私は、内容の理解に相当苦労しました。そして福岡校に通って初めてのミニテストを受けましたが、8点/100点という悲惨な結果を当時中学生だった娘に垣間見られ、「お父さん、それにしてもこの点数はひどいよね」とバカにされ、それ以降、税理士試験を目指すことをキッパリあきらめたこともありました。やはり、自分に適していないことは、いくら一生懸命やっても、楽しくないし成果も上がらないということを身をもって体験しました。

そんな税理士試験との葛藤の最中、福岡支店長としても同様に、色々な経験をさせて頂きました。このことは「やってみなはれの極意⑬」でもお話ししましたが、当時組織のリーダーとしての知見と経験が未熟だった私は、上から目線の有無を言わせぬ強引なマネジメントで、部下から総スカンを食ったばかりではなく、上司であった取締役・九州社長との関係性も最悪となり、私としては本意ではない部署に異動させられることになりました。今まで順調に自身のキャリアを歩んできた自分にとって、このことは大変シヨックで、私はひどく落ち込みました。自身の学歴やビジネスマンとしての能力をカバーするために、中小企業診断士の資格をとりながらも、サントリーでの自身の評価を高めるべく、与えられたミッションに従って身を粉にして働き続けてきた自分が否定されたようで、この時は全てが嫌になったことを記憶しています。そんな異動を余儀なくされた失意の中で、あるとき都内の書店をぶらついていた私に一冊の本が私の目に飛び込んできました。それは「ダイエットに成功する人が会社を活性化できるワケ」というタイトルの単行本でした。当時、私は新しい部署で、110キロほどあった体重を76キロまで落とし、34キロのダイエットに成功していました。その本の著者は当時ビジネスコーチスクール(株)の専務であった橋場剛さんと言う方で、その著書の中には、彼が主宰する「ビジネスコーチ育成講座」の無料説明会」参加の内容が記載されいました。「なぜかわからないがコーチングというものは、もしかすると自身を成長させてくれるのでは・・・」という淡い期待を込めその「事前説明セミナー」に参加したのです。そこでビジネスコーチ(株)の代表の細川馨さんとお会いすることになります。ユニークで田舎風の細川代表の話を聞き言っているうちに、私の心の中で大きな衝撃が起こりました。「これだ!私の求めていたものは」。福岡支店時代を思い起こし、「自身のリーダーとしての至らなさ、情けなさ、未熟さを全て解決し成長を促してくれるのはコーチングなんだ」と。私はコーチングに無限の可能性を感じ、「ビジネスコーチ育成講座」を受講することを決意したのでした。さしたる確信はなかったものの、なんとなく目に見えない力が私に強く働きかけてくるのを感じていたのかもしれません。

いま思えばこのコーチングに出会ったことが、自分自身のセカンドキャリアを形成する上で大きな力となったのは間違いいありません。「コーチング」とは、相手の目標達成や自己成長をサポートするコミュニケーションの手法です。質問やフィードバックを通じて、本人の考えや可能性を引き出し、自分で答えを見つけたり、行動を起こしたりする力を高めることを目指すものです。コーチはアドバイスを与えるのではなく、クライアントの内面の声に耳を傾け、質問を通して気づきを促し、目標達成のための行動をサポートします。ティーチングは、教師が特定の知識やスキルを教え、学習者がそれを理解・習得できるように指導することを指します。コーチングもティーチングどちらも学びや成長を促す手段として使われるのは同じですが、アプローチ方法がそれぞれ異なっており、ティーチングが「教えること」で、コーチングは「引き出すこと」に重点を置いています。

このコーチングで学んだのち、私はそれをそのまま部下に対するリーダーシップとマネジメントに導入することを思いつきました。うまくいくかどうかは別として、私は「コーチングの考えや手法を取り入れることでチームの業績がほんとうに良くなるのだろうか?」という疑問を解き明かしたかったのです。周りからは、「神田が全く今までと変わったことを次々と行っている」と揶揄されましたが、やろうと決めた実験を最後までやり切らないと、コーチングで学んだことが実践て通用するのかしないのかということが検証できなくなってしまうという一心で、周囲の目を気にすることなく、継続してその内容を実践しました。チームのミッション・ビジョン・バリューを全員で作り上げ夜中まで議論する、今行っている戦略が本当に正しいものなのか、違ったやり方はないのかをワイガヤで議論する、チームの関係性の質を高めるために、朝礼の革新、一番活躍したメンバーの月次表彰、テーマを決めた飲み会、工場見学を兼ねた宿泊を伴う合宿等のルール設定やイベントの実施など、コーチングで学んだ全てのことを私はやり尽くしました。その取り組みの結果は、7年連続で売上・利益予算を達成し、私がその部署に転勤してきた当時と比べ、売上は2.5場、利益は25倍に伸長したのです。コーチングの力は恐るべきものだったのです。結果的には、この時の成功体験が、私の現在の会社の「人に活力、組織に成果の提供を通じて、結果の出る強いリーダーを育てる」というメインコンセプトにつながっていきました。これも今よく考えてみれば、コーチングという当時ではよくわからない考えや手法を、自分のチームに好き勝手に実験に使う私の振舞いを、文句もいわず黙って認めてくれていた本部長や役員の方々の許容範囲の広さのお陰だと深く感謝しています。もし私の考えた通りのやり方を否定されたり、いちいちやり方に注文を付けられていたとしたら、私のチームがこのような成果をもたらすこともなかったし、また自身のコンサルタントやコーチとしてのセカンドキャリアを今のように築くことはできなかったのではないかと考えています。まさに自身で学んだことを自由に挑戦・実践させてくれる会社としての組織風土が、従業員に自信と勇気を与え、更なる新たなステージへと成長を促す原動力になっているのではないかと感じています。

企業の持続的成長にとって、経営戦略と人材戦略の相乗効果は不可欠です。サントリー では人的資本の価値最大化をめざし、「すべての従業員の活躍」を土台に、全従業員がキャリアオーナーシップを持ってさまざまな仕事にチャレンジしながら成長することで、経営戦略の実現を目指しています。そのためには、まず従業員が会社という狭い枠にとらわれることなく、社会人としての真の実力をつけていくことが不可欠です。従来の「会社=人生」といった古い価値観を捨て去り、従業員は会社に貢献しつつも常に自身の質的成長を強く意識し、一方会社は会社でその従業員の成長のためにどんどん活躍の場を与える。そんなフランクで対等な関係性をいかに構築・維持できるかが、今後の企業の人財育成には不可欠だと思っています。

一昨年に出版された「世襲と経営」という著書の中の終わりに、「佐治信忠会長は終身雇用についてどのように考えていますか?」というインタビューからの問いがありました。それに対して佐治会長は、「まあ、サントリーで能力を磨き成長を遂げた仲間たちが、それぞれの分野に巣立っていくのは悪くはないが、自分としては、せっかく縁があって一緒に働いたのだから、できれば最後までサントリーで持てる力を充分に発揮してもらいたい」としみじみと語っていました。「すべての従業員の活躍」という言葉の陰には、従業員と会社との対等な関係を超越した、彼らの成長を願う強い気持ちと、真の仲間としての幸せと喜びを最後まで分かち合いたいと願う気持ちが込められているのではないかと考えています。

神田 和明

神田 和明

結果の出る強い組織づくりコンサルタント

株式会社チームフォース代表
中小企業の経営者に、コンサルティングとコーチングのハイブリッド型ソリューションで「結果の出る強い組織づくり」のサポートを行い、「活力」と「成果」をお届けしています
中小企業診断士/【BCS認定】プロフエッショナルビジネスコーチ/宅地建物取引士

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