「やってみなはれの極意【その⑮】~致酔飲料から致福飲料へ「生活文化企業」への展開~  

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「やってみなはれの極意【その⑮】~致酔飲料から致福飲料へ「生活文化企業」への展開~  

ここ最近、「社会的責任」「地域貢献」など、経営のあり方や企業の存在理由を重要視する「パーパス経営」が盛んに叫ばれています。この考え方は、企業が単に利益を追求するだけでなく、社会全体に対して責任を負い、社会的な影響を考慮しながら活動すべきであるという考え方に基づいています。それは、企業は商品やサービスを提供する一方で、雇用の創出、環境保護、地域社会への貢献など、企業の活動が社会に与える影響についても責任を持ち、倫理的な経営を行うことが重要とされています。まさに、企業は利益と社会貢献のバランスを取りながら、長期的な視点で経営を行うことが求められているのです。

このことを数十年前から提唱していた人を私は知っています。それはサントリー2代目の社長であった佐治敬三氏です。彼は「生活文化企業」という言葉をしばしば口にしていました。「生活文化企業」という理念は、単なる飲料メーカーとしての役割を超えて、文化や芸術の振興を通じて人々の生活の質を向上させることを目指したものです。佐治敬三氏が「生活文化企業」という概念を打ち出した背景には、企業の活動が社会全体に与える影響を重視する姿勢がありました。企業は単に自社の商品を製造・販売するだけでなく、文化的価値を創造し、人々に潤いと豊かさの提供を通じて社会に貢献する責任があると考えていました。具体的には、サントリーは音楽、芸術、文学などの文化活動を積極的に支援し、例えばサントリーホールの設立や、文学賞である「サントリー学芸賞」の創設などを通じて、日本の文化発展に大きな貢献をしてきました。また、これらの活動を通じて、サントリーは「生活文化企業」としてのブランドイメージを確立し、単なる消費財メーカーから、文化的価値を提供する企業へと進化することを目指していました。このように「生活文化企業」という理念は、企業が社会的責任を果たし、文化を通じて豊かな社会を築くことを目指すものであり、サントリーの経営哲学の根幹を成すものとなっています。

酒類メーカーが「文化」という概念を持ちだしたのは、お酒を「致酔飲料」から「致福飲料」へ転換を測ろうとしていたことと密接な関係があります。このフレーズには、企業の根幹となる事業を、より高度な価値を持つ製品へと進化させる意図が込められています。具体的には、佐治敬三氏は、サントリーが従来から手掛けていた「アルコール飲料(致酔飲料)」だけでなく、アルコールが持つ楽しみや喜びを超える、より豊かな体験や文化的価値を提供することを目指していました。これには、品質の優れたアルコール飲料の製造や、飲酒を通じて人々の生活に潤いを与えること、さらには飲酒文化全体の向上を図るという強い願いが込められています。単に酔うための飲料から、飲むことでより深い喜びや文化的な満足を感じられる飲料へと進化させる、という企業の使命感が表現されています。佐治敬三氏は、サントリーが日本国内でのウイスキーの普及や、高品質なワインやビールの提供を通じて、こうした「致福飲料」への転換を図ることで、飲料文化の発展に寄与したいという思いをこの「生活文化企業」という言葉に込めたのです。

このような「お酒と地域文化」という観点から物事を捉えた時に、私にとって感慨深い出来事があります。それは私が新潟県上越市にある、岩の原葡萄園の社長をしていた時のチャレンジです。コロナ禍が始まる少し前のタイミングで、「猿八座」という一座が率い演じる「人形浄瑠璃」の公演が、佐渡島を中心とする新潟県内でと時おり行われていました。これは江戸時代から続く伝統的な人形浄瑠璃の一座で、長い歴史を持ち、代々受け継がれてきた技術や演目を今に伝えている伝統文化です。あるとき、上越市・直江津港のフェリーターミナル会館での特別公演が開かれたタイミングでこの公演を鑑賞した私は、その内容の素晴らしさにすっかり魅了されてしまいました。人形浄瑠璃は、3人の人形遣い(人形師)によって人形を操作することが特徴で、主遣い(おもづかい)が頭部と右手を、左遣い(ひだりづかい)が左手を、足遣い(あしづかい)が足を操作します。猿八座では、これらの基本的なスタイルに加えて、よりダイナミックで繊細な動きや表現が見られるなど、演技は非常に緻密で、人形の細かな表情や仕草が観客を魅了します。三味線の演奏と語り(浄瑠璃)は、人形浄瑠璃において不可欠な要素であり、物語の感情や展開を強調します。猿八座では、熟練した三味線奏者と太夫(語り手)が一体となり、観客を物語の世界に引き込む力強いパフォーマンスを見せます。

この新潟県佐渡島に伝わる貴重な地域の文化的遺産にいたく感銘した私は、すぐさまこれを「サントリー地域文化賞」に推薦することを思いつきました。とはいっても、そう簡単に受賞できるという生易しいものではありませんでした。新潟県が過去に、このサントリー地域文化賞を受賞したのは、1995年に狐のメイクをした人々が練り歩く幻想的なイベント「狐の嫁入り行列実行委員会」が受賞して以来の25年前にまで遡ることになります。受賞した際の懸賞金は300万円であり、もし受賞すればこの素晴らしい遺産を維持する貴重な原資となるのは間違いありませんでした。それから私は、推薦および受賞に向けての活動に奔走し、地元のマスコミや経済界の面々に「猿八座」の文化的価値を説いて回り、実質的に「猿八座」をマネジメントする某大学の名誉教授と頻繁にコンタクトを取り、受賞実現に向けての働きかけをコツコツと約1年半続けました。その動きが功を奏し、佐渡・猿八座「人形浄瑠璃は」2020年、新潟県としては25年ぶりにサントリー地域文化賞を受賞するに至ったのです。

しかし、その働きかけだけで終わってしまっては全く意味がありません。その動きの裏では、「岩の原ワインを、新潟県を代表する地ワインとしてブランディングを強化する」という私なりの思惑がありました。当時、岩の原ワインの全国での総売上のうち、新潟県内で販売されている割合が約9割で、その中でも岩の原がある上越市で販売されている割合が8割を占めていました。つまり岩の原全体の総売上のうちの約7割が上越市で占めており、岩の原ワインというブランドは、新潟県を代表するのワインとは言えず、いわゆる上越市にだけ支持されている地方都市のブランドに過ぎなかったのです。新潟県での主要都市における岩の原のブランド飲用経験率(飲んだことのある人の割合)を調べてみると、新潟市(人口約78万人)で31%、長岡市(人口約26万人)で22%、上越市(人口約19万人)で85%となっており、上越市の5倍のマーケットボリュームのある新潟・長岡両市の量エリアを合わせた認知度が28%とかなり低い状況にありました。仮に新潟市における岩の原ブランドの知度を1割程度上げるだけでも、岩の原の売上全体に寄与する販売ボリュームは相当なものになると考えていました。

私はこの猿八座「人形浄瑠璃」のサントリー地域文化賞受賞のタイミングで、新潟県の地元の「ワイン&地域文化遺産(人形浄瑠璃)」というコンセプトで、新潟市と岩の原のおひざ元である上越市でそれぞれ春と秋に「岩の原ワインと人形浄瑠璃の夕べ」というイヘントを企画しました。当時、新潟県は、佐渡島の世界遺産登録に全力を注いでいたこともあり、うまく新潟県とタイアップし、サブタイトルとして「佐渡を世界遺産へ」というキヤッチフレーズと連動しながら、新潟県や新潟市を巻き込みながら大々的にそのイベントを実施しました。この新潟市でのイベントは。コロナ禍にもかかわらず、100名近くの参加者を集め、花角新潟県知事や渡辺佐渡市長にも参加き、マスコミにも大きく取り上げられるなど、大好評のうちに終了しました。当日のゲストには、サントリー文化財団・理事長である鳥井信吾夫人にも参加頂き、新潟県の方々に心からお祝いの言葉を述べて頂きました。まさに、ワインを楽しみながら地元の伝統文化を鑑賞し、そして地域の宝である佐渡の金山の世界遺産の登録に向けて地域が一体となった瞬間になりました。単なるワインを商品として販売するのではなく、地元の伝統文化とその奥ゆかしさをワインと一緒に楽しむことを通じて、地域社会の振興に寄与できたのではないかと実感しています。まさに、「生活文化企業」を提唱していた佐治敬三氏の思いと私の行動が一致した瞬間ではなかったかと考えています。

話は変わりますが、かつて全世界にコロナウイルスが猛威を奮った「バンデミック」もある程度時間が経過し、我々の記憶から徐々に忘れ去られようとしています。このコロナバンデミックは、人と人の接触が制限され、多くの人々が集まる集・宴会場に閑古鳥が鳴き、多くの飲食店が営業時間の縮小や営業の制限を余儀なくされました。このような惨状を黙って見過ごしてはいられなかったサントリーは、「人生には飲食店がいる」というキヤッチフレーズを前面に押し出したCMキャンペーンを展開しました。このCMキャンペーンでは、飲食店が単に食事や飲み物を提供する場ではなく、人々が集まり、コミュニケーションを育む大切な場所であることを強調し、苦境に立たされた飲食業界を支援しようとする意図が込められています。このCMキャンペーンでは、かつての名作映画のシーンを繋ぎ合わせることで、飲食店が人々の生活に深く根付いていることを視覚的に表現しました。飲食店が「愚痴をこぼしたり、頑張った人を労ったり、自分を顧みたくなる場所」として描かれ、単なる消費の場以上の価値があることを訴えかけています。このCMキャンペーンは特にSNS上で共感を呼び、多くの人々からこのメッセージに対して感動や共鳴の声を頂きました。ここにもかつて飲食の場を人々に喜びと潤いを与えていることを強く意識する「生活文化企業」を提唱した佐治敬三氏の心意気が込められていると思います。

そして遡ること、サントリーが東日本大震災(2011年3月11日)の後に放映した「見上げてごらん夜の星を」をテーマにした広告もまた、多くの人々に深い感銘を与えました。これはは被災地や日本全国の人々に「希望を持ち続けて前に進む力」を届けるために、坂本九の名曲「見上げてごらん夜の星を」を使用し、星がきらめく夜空の映像を背景に、サントリーのCM出演者が中心となってリレー方式でこの歌を熱唱し、シンプルながらも心に響くメッセージを送り届ける内容で、震災後の不安や悲しみを抱える人々に対し、希望と前向きなメッセージを伝えるものでした。この広告はテレビ放映だけでなく、YouTubeなどの動画共有サイトでも拡散され、多くの人々から「心が癒された」「勇気をもらった」などの多くのコメントが寄せられました。この宣伝についても、震災の中で世の中が萎縮することなく、震災の復興鵜に向けての強い思いが、商品の宣伝とは異なった形で、人々の心に響くメッセージを届け、震災後の日本社会において特に大きな反響を呼んだ広告の一つとされています。

サントリーのこのような考え方、物事の捉え方はどこからきているのだろうか?と私はふと考えることがあります。その時、頭によぎるのは、あれは確か、まだコロナ禍が収束しない2022年のサントリーの管理職が一堂に会する「サントリーグループの総合会議」の最後で、現会長の佐治信忠氏の話です。そこで彼は、「コロナ、コロナと言っているばかりでは、日本の経済はちっとも良くならん。いまこそここに集まるサントリーの諸君が、先頭を切って積極的に夜の盛り場に出で行かなければならない。今日は会議が終わってもすぐには帰らずに、ぜひ皆さんで1件でもいいから東京の界隈の飲食店に足を運んでほしい。飲み代ならわしがいくらでも払うから、宜しく頼む」と参加者全員に発破をかけていたことが思い出されます。そこには前述したキャンペーンやCMでの大々的な訴求活動に込められた、常に社会や地域全体の発展を願う気持ち、つまり「絶対に飲食文化の灯を絶やしてはいけない」という佐治会長自身の心の底からの強い信念ではなかったかと感じています。

繰り返しにはなりますが、サントリーは常に単なるお酒の販売にとどまらず、世間、地域、人間、文化を注視してきました。赤玉ポートワインを売り込む際の「日本初のヌードポスター」「トリスバーによるハイボール文化の創造」「サントリーオールドによる水割り文化の創出」「第一次カクテルブームの開花」そして「角ハイボールによるウイスキー文化の復興」等々、そこには人間の喜怒哀楽と常に寄り添う時間や空間を大切にするスピリットが貫かれています。そのスピリットとはまさしく「人間に対する深い洞察」があると考えています。人間が人間であるゆえんは、目に見えない「心や感情」というものがそれぞれの人の言動を左右しているのです。その「心や感情」をいかに捉え、それを大切にしていくかが、今後の企業の発展に大きな鍵を握っているような気がしてなりません。

日本の作家であり、サントリーの広告コピーライターとしても知られている開高健氏のかつての有名なフレーズ「人間らしくやりたいナ」は、単なる広告のキャッチコピーにとどまらず、彼の深い人間観を反映しています。人間が自分自身を偽ることなく表現することの大切さ、個人の自由と創造性を尊重する考え方、完璧であることを目指すのではなく、不完全さや欠点を含めた「人間らしさ」を尊重する姿勢、仕事や日常生活の中で楽しみを見出し、人生を真剣に楽しむ姿勢などが込められています。単なアルコールというお酒や飲料を、人々のコミュニケーションの価値を何倍にも高める媒体としての存在を追及していく限り、サントリーの生活文化企業としての価値は高まり続けるに違いないし、そうであってほしいと私は切に願いたいと考えています。

神田 和明

神田 和明

結果の出る強い組織づくりコンサルタント

株式会社チームフォース代表
中小企業の経営者に、コンサルティングとコーチングのハイブリッド型ソリューションで「結果の出る強い組織づくり」のサポートを行い、「活力」と「成果」をお届けしています
中小企業診断士/【BCS認定】プロフエッショナルビジネスコーチ/宅地建物取引士

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