「やってみなはれの極意【その⑬】」~利他の心を忘れた「しくじり支店長時代」~  

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「やってみなはれの極意【その⑬】」~利他の心を忘れた「しくじり支店長時代」~ 

前回の「やってみなはれの極意・その⑫」で紹介させて頂いた、私の手掛けた健康リキュール・「マカディア」が順調に販売数量を伸ばす中、更なる健康リキュールカテゴリーの製品ラインナップの本格的展開を考えていた矢先、私は突然、九州支社・福岡第1支店長の辞令を受けた。当時の酒類部門の組織は、ビール類を管轄する「ビール部門」と洋酒・ワインを管轄する「スピリッツ&ワイン部門」の二つに分かれており、私に与えられた職務は、ビール部門の福岡第1支店長として、福岡県・佐賀県エリアのビールの営業部隊を統括する仕事だった。当時、九州全エリアを統括する九州支社の全売上のうち、福岡支店がほぼ半分を占めていたこともあり、全国の数ある支店のうち最も売上の多い支店のうちの一つになっていた(一年後には、その2つの支店が統合され、私は福岡支店長となります)。

入社以来、東京以西に勤務したことはなく、また福岡は私にとって以前からあこがれの地であったこともあり、この辞令は私にとっては最高に喜ばしいものでした。そして東京から福岡に赴任するこのタイミングで地元・札幌にマンションを購入し、家族(妻と娘)を東京から札幌に住まわせることにし、私は初めての単身赴任生活をスタートさせることになりました。正式な赴任にあたっては、支社への挨拶と自分の住むマンションの下見を兼ね、辞令発令日の一週間ほど前から福岡に入る予定でいました。

ところが、そのタイミングを待たずに「福岡県西方沖地震」が起こりました。福岡県西方沖地震は、2005年3月20日に福岡県西方沖で発生した地震で、マグニチュードは7.0、福岡市やその周辺に大きな被害をもたらし、特に福岡市東区のアイランドシティでは液状化現象が発生し、多くの建物が被害を受けました。この地震によって、死者1名、負傷者約1,000名が出ました。余震も続き、地域社会に大きな影響を与えました。福岡市付近では有史司以来もっとも大きな地震だったのです。私はすぐさま福岡支店に向かいましたが、私の赴任先であるその事務所では机やいすが散乱し、壁の一部が割けるなど散々たる状態となっていました。まさにこの異動のタイミングで福岡を襲った地震は、いま思えば私の今後の支店長としての先行きに暗雲が立ち込める様相を呈していたのでした。

福岡支店長としての赴任後、私は希望に胸を膨らませ、会社の期待に応えるべく、とにかく実績を上げることのみに全神経を集中させようと考えていました。「結果が全て。とにかくここで結果を出して、一気にサントリーの経営陣入りを目指す」。いま思えばお恥ずかしい話なのですが、残念ながら人間として未熟だった当時の私はそうなることしか頭にはありませんでした。そして「月次の売上目標をどんなことがあっても絶対にやりきり、全国でNO1の実績を上げる!」と息巻いていたのです。そのためにできることは全て徹底的にやり尽くす。支店のメンバーにもそのことを徹底すべく、日々の販売活動および売上の進捗を毎日毎日口うるさくチエックし続ける毎日が続きました。売上の進捗が大きく遅れている部下に対しては、ミーティングで厳しく問い詰め、特に課題のある得意先に関しては、自分の目で確かめるべく、その担当者と一緒にそこに同行訪問し、その解決策について「なんとかしてもらいたい」と強引に協力を要請していました。

そのような私の強い思いとは裏腹に、福岡支店の業績は、じりじりと下降する一方で、支店のメンバーたちからも私のやり方に対する非難の声が少しずつ陰から漏れ聞こえるようになりました。そのような状況になればなるほど、私の心は焦りにかられ、「これではいけない、なんとかしなければ・・・」とさらに売上に対する管理と統制をさらに強めていきました。それはまさに組織の「バットサイクル」に向かってまっしぐらに突き進んでいることを意味していました。「バッドサイクル」とは、まず結果だけを執拗に追い求めることによって、従業員の士気が低下することで、仕事の効率や質が低下し、それが業績に悪影響を与えることになります。そして業績が悪化すると、従業員のモチベーションがさらに下がり、結果としてまた低パフォーマンスが続くという悪循環に陥いる状態を意味しています。

その流れによつて、一旦組織内でのコミュニケーションが不足し始めると、誤解や情報の行き違いが増えます。これが仕事のミスやトラブルの原因を招き、従業員同士の信頼関係が崩れることになり、信頼関係の崩壊はさらなるコミュニケーションの障害を生み、悪循環が続くことになります。さらに、そのような状況下においては高ストレスの環境も悪循環を引き起こし、過剰な業務量やプレッシャーが続くと、従業員のストレスレベルが上がり、健康問題や離職率の増加を招くのです。まさに私が行ってきたマネジメント手法は、支店のバットサイクルを生み出し、さらには自身の焦りによって、状態をさらに悪化させるという更なる悪い流れを引き起こしていたのです。そして、そのような状況に更に追い打ちをかける悲しい事件が起こりました。2005年8月25日、福岡市東区の海の中道大橋で、酒気帯び運転の車が事故を起こし、同乗していた妻と子ども3人が車外に投げ出され、海に転落する事件が発生しました。運転していたのは、福岡市内に住む30代の男性で、彼はその後、現場から逃走しました。この事故により、妻と子ども3人は全員が亡くなるという痛ましい結果となりました。男性は後に逮捕され、飲酒運転や過失運転致死傷の罪で起訴されました。この事件は社会に大きな衝撃を与え、飲酒運転に対する厳罰化の動きが加速するきっかけとなったのです。この事件をきっかけに、福岡市内の官公庁や主要企業が飲酒の機会を自粛する動きが広がり、福岡県全体の業務用市場の需要が大きく減退する事態となりました。

売上が厳しくなればなるほど、社内における私への風当たりは強まり、毎月東京で開催されていた全国支店長会議においても、主催者側の責任者である担当常務からも激しい叱責の言葉を浴びるようになりました。そのような厳しい状況の中で、いつしか私は毎月月末になると、当月の予算未達分を特約卸店にお願いする押し込み営業が常態化するようになっていました。この押し込み販売によって、本来なすべき得意先への販売促進活動が疎かになり、それがまた売上の停滞を招くという、自分で自分の首を絞める行為に等しいものでした。当時はこの活動に疲弊感を感じていた私は、いつの間にか月末になると、売上を確保しなければならないというプレッシャーから、左目が真っ赤に充血するようになり、人前に出るのも憚れるほどの悲惨な状態の中で営業活動を続けていたのです。

そのようなストレスも相まって、単身赴任で孤独であった私は、それらの感情を回避するために暴飲暴食に走り、遂に体重が110㎏を超えるまでになってしまいました。尿酸値や血糖値も大きく跳ね上がり、身体的にも危機的状況に追い込まれていったのです。福岡支店長として最高の昇進を果たし、将来への大きな可能性に身を震わせていた半年前の自分自身とは全く様相を異にしていました。いま考えるとそれは完全に「身から出た錆」だっと思います。自身の立身出世だけを考え、部下を自分の目的を実現する駒(手段)としか考えずに自分の意のままにコントロールしようとする私の傲慢な日ごろの言動に、支店のメンバーも嫌気がさし、彼らのモチベーションも最低の状態にまで落ち込んでしまったのです。いま思えば、この時期はは私がサントリーに在籍した42年間のうちで一番厳しかった時代と言えるのではないかと思っています。その様な中、直属の上司である常務執行役員・九州支社長との関係も最悪の状態に陥っていました(私を福岡支店長として向かい入れてくれた前支社長は既に半年前にグループ会社の社長に昇進していきました)。支社長とはかつて一緒だった部署でお互いの関係性があまり良くなかったこともあり、このような私の日頃の立ち振る舞いによって業績が低迷している状態を苦々しく思っていたこともあり、私に対しては日ごろから冷たい態度をとっているように感じていました。逆に私もそのような態度に対して、開き直って支社長とは完全に距離を置き、振り返ってみるとその上司と一緒だった1年半の付き合いの中で、対面で話をしたのは1度(人事の話)しかありませんでした。まさに私はサラリーマンとしの礼節を失い、自分勝手な振る舞いを、自分自身で正当化するようになってしまっていたのです。

そんな緊張した厳しい日々が続く中、私はその翌春の定期異動で、広域営業本部のCVSの本部担当部長の内示を受けました。そうなるだろうと覚悟していた矢先の異動でしたが、まさかそこの部署に異動になるのは私としても意外だったのです。おそらくどこかの営業部署に異動になるだろうと考えていたことと、その異動先の部署は、当時のサントリーの部署の中でもとりわけ難易度が高い部署だったからです。私に異動の内示を告げた時に支社長は、「相当難儀な部署になると思うから、その内容については改めて詳しく説明する」と私に話してくれてはいましたが、とうとうその説明はないままに私は福岡支店を後にすることになったのです。ということで私の憧れの街であった博多での生活はたったの2年半で終止符を打つことになったのでした。

何か暗い話ばかりになってしまいましたが、仕事以外の博多での生活は楽しいことも多かったと思っています。一番の思いでは、毎年7月15日の4:50分に行われる「博多祇園山笠」でのクライマックスである「追い山」で、会場となる櫛田神社の境内の正面の桟敷席で、迫力のある山車のターンのシーンを見ることができたことです。これは懇意にしていた得意先の飲食店の大将のご厚意で、特別席を招待してもらったことによるものでした。さらには博多にはおいしい料理が多く、私が好きだったのは「もつ鍋」でした。支店の近くに「おおやま」というもつ鍋屋があり、そこのみそ味のもつ鍋がお気に入りで、しょっちゅう通っていたことを思い出します。特に〆のちゃんぽんが絶品で、一人で3人前をたいらげるのが常でした。その他、居酒屋でよくオンメニューされているたまり醤油でつけテ味わう玄界灘の鮮魚は、どれもが新鮮かつ身が身がしまっていて、こりこりとした触感がたまりませんでした。水炊きも初めに鳥ガラスープを味わいながら、ポン酢で食べる柔らかな鶏の食感も最高でした。私が屋台で初めてサントリーの樽生を置いて頂いた「さよ子」という屋台には、休みには個人的にしょっちゅう通って、置いてある色々な素材をチャーハンの中に混ぜてもらって、大満足でした。仕事は苦悩と葛藤の連続でしたが、プライベートでは博多の生活を存分に満喫させてもらっていたことで、なんとか心が病まずに済んだのではないかとと思っています。私も仕事柄、ほぼ全国の地を訪れましたが、本当に博多は日本の中でも最高の場所のうちの一つだと私は今でも思っています。

話は横道にそれてしまいましたが、最後に私が福岡支店長として仕事をした2年半で学んだことをお話して、この⑬を終えることとします。結局何も成果をのこせぬまま、失望と後悔の福岡支店長の時代となってしまいましたが、いまこの時期を振り返ってみると、学ぶべきことが多かった気がしています。それは、「仕事に対する自身の意識をどこに向けるかの重要性」ということだと考えています。福岡支店長としての自分は、完全に意識が自分だけに向いていたと深く反省しています。その時の私の思考の起点は、すべて「自分自身」に意識と目線が向いていたのだと思っています。思考と言動の起点は全て「自分のためで、自分自身の立場を良くする、自分自身が満足する」といった、他を顧みない偏った言動が、このような結果を招いたと思っています。

やはりリーダーは自分のことも大事ですが、まずは部下(メンバー)のために何ができるのか、そのためにメンバーを成長させ、彼らが求めている将来の姿の実現に向けて、精神誠意をもってサポートすることだと思います。そのような気持ちは必ず部下に伝わり、その気持ちを感じた部下も、リーダーである上司のために頑張ろうという気持ちになるのだと思います。逆に「自分のことしか考えていない上司」は、日ごろのの一挙一動の言動からその考えをすぐさま部下に見破られ、上司に対して表面では美辞麗句などでうまく立ち回っていたとしても、その心の奥底ではその上司ニダメ出しを出しているものです。これを経営の神様である稲盛和夫さん的に言えば「利他の精神の大切さ」と言えるのではないかと思います。

そしてもう一つ。部長や支店長職の立場となった場合、これも自分あるいは部下という狭い視点から見るのではなく、会社経営という観点からの発想が必要になるということです。自分の支店や部のために力を尽くすのはもちろんのこと、自分の立場を、経営層側の意向を十分に反映させながら、なせそのように仕事をすべきなのかということを、うまく自分の担当する部署のメンバーにうまく伝えるかということが大事になります。それには素の組織のトップが会社の「目指す理想とする姿」を理解すると共に、「なぜそれを理想に掲げているのか」という目的をまず自分自身が理解し、それを率先して実践していかなければなりません。このような視点を持っていなければ、経営幹部として更なる上位職を目指すことは不可能になります。福岡支店長時代の私には、常に自分自身のことに意識が向きすぎていて、「部下がどのような思いでいるのか、何か困っているることはないのか、どうしたら彼彼女らを成長に導くことができるのか」という利他の考えが全く欠如していたと言わざるを得ません。会社の方針や理念についても全く頭にはなく上の空で、考えが合わない上司であるということを言い訳に、自分が会社全体の考えに基づいて一緒に協力し合って仕事を進めるという意識も全くなかった自分を深く反省しています。自分の軸となる考え方をしっかりと持ちつつも、まずは「部下のため・会社のため」という「利他的」な発想を心がけ、自分が自分がといった「利己的」な考をいかに排除できるかが、更なる上位職者として会社に推薦されるべき存在となれるかどうかの分かれ目となるのではないかと考えています。

サントリーの社風といえば、どうしても「やってみなはれ」のイメージが強いと思われがちですが、その言葉以上に社内で大切にされているのが経営における「利他の精神」です。これは創業者・鳥井信治郎の「利益三分主義」にみられるように、企業が得た利益を自社が全て独り占めするのではなく、「会社のため」「社員のため」「社会のため」の三つに分けて活用するべきだとする考え方です。これにより、サントリーは単なる利益追求に留まらず、社会貢献や社員の幸福を重視した経営を行っているのです。これらの活動の詳細については、割愛させて頂きますが、社員重視の姿勢もサントリーの重要な特徴です。社員の成長を支援するための研修制度やキャリアアップの機会を提供し、働きがいのある職場作りを推進しています。また、ワークライフバランスの向上を図るための働き方改革にも積極的に取り組んでいます。これにより、社員一人ひとりが持てる力を最大限に発揮できる環境を整えているのです。

そして最後に、サントリーは企業としての持続可能な発展を追求しています。得た利益の一部を再投資し、事業の成長と革新を続けることで、長期的な視点での企業価値の向上を図っています。このようにして、サントリーは経済的な成功と社会的な貢献を両立させているのです。サントリーの「利他の精神」は、企業活動を通じて社会全体に利益をもたらし、持続可能な発展を追求するという経営哲学を象徴しています。この理念が、サントリーの長年にわたる信頼と成功を支える重要な要素となっているのです。

このようなサントリーの理念を十分に理解しようとはせず、利他の心を忘れ、私利私欲に走ってしまた結果、絶好の「しくじり先生」となってしまった私ですが、これで私のサントリー人生は終わりではありません。この屈辱をバネに次の部署での飛躍的な活躍については、また別の機会に詳しくお話させて頂くことにしますので、お楽しみに !

神田 和明

神田 和明

結果の出る強い組織づくりコンサルタント

株式会社チームフォース代表
中小企業の経営者に、コンサルティングとコーチングのハイブリッド型ソリューションで「結果の出る強い組織づくり」のサポートを行い、「活力」と「成果」をお届けしています
中小企業診断士/【BCS認定】プロフエッショナルビジネスコーチ/宅地建物取引士

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