

そして、そのような状況に更に追い打ちをかける悲しい事件が起こりました。2005年8月25日、福岡市東区の海の中道大橋で、酒気帯び運転の車が事故を起こし、同乗していた妻と子ども3人が車外に投げ出され、海に転落する事件が発生しました。運転していたのは、福岡市内に住む30代の男性で、彼はその後、現場から逃走しました。この事故により、妻と子ども3人は全員が亡くなるという痛ましい結果となりました。男性は後に逮捕され、飲酒運転や過失運転致死傷の罪で起訴されました。この事件は社会に大きな衝撃を与え、飲酒運転に対する厳罰化の動きが加速するきっかけとなったのです。この事件をきっかけに、福岡市内の官公庁や主要企業が飲酒の機会を自粛する動きが広がり、福岡県全体の業務用市場の需要が大きく減退する事態となりました。
その様な中、直属の上司である常務執行役員・九州支社長との関係も最悪の状態に陥っていました(私を福岡支店長として向かい入れてくれた前支社長は既に半年前にグループ会社の社長に昇進していきました)。支社長とはかつて一緒だった部署でお互いの関係性があまり良くなかったこともあり、このような私の日頃の立ち振る舞いによって業績が低迷している状態を苦々しく思っていたこともあり、私に対しては日ごろから冷たい態度をとっているように感じていました。逆に私もそのような態度に対して、開き直って支社長とは完全に距離を置き、振り返ってみるとその上司と一緒だった1年半の付き合いの中で、対面で話をしたのは1度(人事の話)しかありませんでした。まさに私はサラリーマンとしの礼節を失い、自分勝手な振る舞いを、自分自身で正当化するようになってしまっていたのです。
その他、居酒屋でよくオンメニューされているたまり醤油でつけテ味わう玄界灘の鮮魚は、どれもが新鮮かつ身が身がしまっていて、こりこりとした触感がたまりませんでした。水炊きも初めに鳥ガラスープを味わいながら、ポン酢で食べる柔らかな鶏の食感も最高でした。私が屋台で初めてサントリーの樽生を置いて頂いた「さよ子」という屋台には、休みには個人的にしょっちゅう通って、置いてある色々な素材をチャーハンの中に混ぜてもらって、大満足でした。仕事は苦悩と葛藤の連続でしたが、プライベートでは博多の生活を存分に満喫させてもらっていたことで、なんとか心が病まずに済んだのではないかとと思っています。私も仕事柄、ほぼ全国の地を訪れましたが、本当に博多は日本の中でも最高の場所のうちの一つだと私は今でも思っています。
福岡支店長時代の私には、常に自分自身のことに意識が向きすぎていて、「部下がどのような思いでいるのか、何か困っているることはないのか、どうしたら彼彼女らを成長に導くことができるのか」という利他の考えが全く欠如していたと言わざるを得ません。会社の方針や理念についても全く頭にはなく上の空で、考えが合わない上司であるということを言い訳に、自分が会社全体の考えに基づいて一緒に協力し合って仕事を進めるという意識も全くなかった自分を深く反省しています。自分の軸となる考え方をしっかりと持ちつつも、まずは「部下のため・会社のため」という「利他的」な発想を心がけ、自分が自分がといった「利己的」な考をいかに排除できるかが、更なる上位職者として会社に推薦されるべき存在となれるかどうかの分かれ目となるのではないかと考えています。
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